便利さの追求というのは近代という時代に不可欠の要素であ る。 様々な技術（テクノロジー）は「便利」ということと密接な 関係を持っている。例えばマッチというもののお陰で我々は わざわざ火打ち石で火を起こさなくても済むのだし、新幹線 のお陰で昔なら何日もかかった場所へ数時間で行くことが出 来る。まことにもって便利、近代万歳なのであるが、さて話 を写真機というものを例にとって考えるとき、果たして「便 利」なことは絶対的に良いことなのか怪しくなってくる。

　その昔、写真機といえば暗箱にレンズがついているだけで図 体も大きく撮影というのは今よりずっと大仕事だった。やが て時は流れて写真機は手のひらにのるサイズになり、露出計 がつき、自動巻き上げになり、挙げ句の果てにはピントまで 自動で合わせてくれるようになった。そして今やデジタルカ メラの出現でフィルムを写真機に入れる必要もラボに現像依 頼する必要もないという状況に至った。それはそれで素晴ら しいことではある。視力に難のある人にとってオートフォー カスは福音となるだろうし、手に不自由のある人にとって自 動巻き上げは有り難いに違いない。ただ、「便利」というこ とが絶対なのかと言えば、必ずしもそうとも言えないだろう と思うのである。

　小生が好きなのは６０年代から７０年代に作られた国産コン パクトカメラと呼ばれる類いの写真機である。大衆向けに作 られているから性能よりもコストが優先されているし、質感 だって高級機には太刀打ちできない。ファインダー倍率は低 いし、露出だってマニュアル操作で設定するほうが多い。ボ ディだって小さすぎたり逆に今の写真機より重すぎたりす る。いずれにせよ、昨今のフルオートに比べればずいぶん不 便である。

　しかし、不便だからダメなのかといえばそうではない。オー トフォーカスは確かに便利だけれど、その場合ピントが合っ ているかどうかを決めるのはカメラであって人ではない。操 作者の決断以外のところで物事が決まっているわけで、それ がなんだか面白くない。それにオートフォーカスだってピン トを外すことはある。自分のせいで失敗したなら納得いくけ れど、機械のせいで失敗したら非常に悔しいのである。自分 でピント合わせをすると大きく外れてしまうこともあるけれ ど、うまくいくことももちろんあって、そのいずれもが自分 の責任であって責任の所在が明確である。そもそも失敗のな いところに果たして成功はあるのか、という気もする。第一 ピントが外れていたって「いい写真」というのは存在するし ピントも露出も完璧だけどまったく面白くない写真というの もゴマンとある。雑誌の「最新レンズ作例」なんかがそう だ。きれいだけどそれだけ、というやつである。

　写真（撮影）というのは趣味であって、仕事ではない。非常 に個人的な営みなのである。自分が傑作と思えばそれは傑作 だしダメならダメなのである。仕事だとそうはいかないわけ で、そういう趣味の世界に「便利至上主義」が入り込んでく るとなんだか気持ちがせわしくなる。不思議なのだけれど失 敗が減ると楽しみも減るような気がするのである。このあた りの事情というのはなんだか人生そのものではないかとさえ 思う。つまり失敗のない人生なんてあり得ないし、失敗から 学ぶことのほうが成功から学ぶことより圧倒的に多い。それ ならいっそ失敗を徹底的に避けるよりはある程度許容したほ うが人生に余裕がでるのではないか、とそんなことを思うの である。

　考えてみれば何かが便利になるとき、必ずその便利さの代償 に何かを失うという事実がある。火打ち石を使わない我々に 「火が起きたときの感動」を味わう可能性は残されていない し、新幹線に乗る我々には、何日もかけて歩いて目的地へ到 着する旅の喜びもない。かように技術というのは諸刃の剣で ある。

　「この写真見てよ、ピントがばちっと合ってるでしょ」なん て言ったときに「でもそれカメラがすごいんでしょ」などと 返されたら寂しいような気がするのである。せめて趣味の世 界では「これは俺様が俺様の力でやったんだぜ」とふんぞり 返ってみたいのである。「こんなポンコツカメラでもこんな に凄い写真が撮れるんだぜ」などと家人に自慢しつつ（相手 にされないが）小さくて古いメカニカル・カメラをてのひら でもてあそぶ時、そのカメラから「お前もなかなかなやる な」と誉められているような気がするのである。

　便利なことは素晴らしいが、不便さには不便さで便利さには 無い喜びが隠されていることがある。「今はデジカメの時代 でしょ」という意見を否定するつもりはないし、したって意 味が無い。不便万歳と叫ぶつもりも毛頭ない。ただ、技術の 進歩に闇雲に追従するだけが「楽しみ」というわけではない んだよ、と思うのである。

Jazzy